競艇選手

西山貴浩選手は競艇界にとって唯一無二の存在!成績や嫁などプライベートについても解説

西山貴浩選手は競艇界にとって唯一無二の存在!成績や嫁などプライベートについても解説

人気のあるスポーツというのは、必ずと言ってよいほどスターが存在します。
野球ではかつてイチローというスーパースターが登場し、2022年現在は大谷翔平選手がピッチャーとバッターという2足の草鞋を履いて獅子奮迅の活躍を見せ、日本のみならず全世界で注目され、その活躍は毎日のようにニュースで紹介されています。

競艇も近年注目度が急上昇していますが、その一因はスター選手「峰竜太選手」の登場にあるといってよいでしょう。
もちろん峰選手だけではなく、スター候補となるような選手が次々に登場しているのも競艇が過去最大級の盛り上がりを見せている要因のひとつです。

しかしスポーツは「スター」の存在だけでは大きな盛り上がりとはなりません。
どのようなエンターテイメントでも「盛り上げ役」の存在は必要不可欠です。
現在競艇界でその役を一手に引き受けているのが、今回紹介する西山貴浩選手であり、競艇ファンのなかで彼の名前を知らない人はいないでしょう。

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西山貴浩選手の基本情報

西山貴裕(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=kA4EeRSCHCU)

西山選手についての簡単な情報を表にまとめました。

西山貴浩(にしやまたかひろ)基本情報
名前 西山貴裕
登録番号 4371
所属支部 福岡
生年月日 1987年5月15日
身長 169センチ
体重 51キロ
級別 A1

西山貴浩選手は福岡支部に所属している選手で、級別は最高ランクであるA1級です。
年齢的にもこれからが本領発揮という時期なので、まだまだ上のレベルを目指せる選手のひとりであることは間違いありません。

「西山貴浩 ボラ」という検索ワードの真相

Googleなどで西山選手の事を調べようとすると、必ずと言ってよいほど名前の後に「ボラ」という単語が表示されます。
ボラといえば、釣り好きな人には御馴染みの海水魚であり、ボラの姿を見たことがなくても、その卵を乾燥させた珍味が「カラスミ」であることは多くの人が耳にしたことがあるでしょう。

競艇選手と海水魚、全く結びつきそうもありませんが、どうしてこのような検索ワードが出てくるのでしょうか。
実は西山選手とボラには切っても切れない関係があるのです。
それは2020年5月3日、福岡競艇場で開催されたレースでの出来事でした。

福岡競艇場は海水を利用したコースとなっているので、当然コース内では海水魚がたくさん泳いでいます。
この日のレースに出場した西山選手が2周目のバックストレッチを走行していたところ、突然正面にあるものがぶつかってきました。
そのぶつかったものこそ「ボラ」だったのです。

状況だけを聞けば珍事件として動画を投稿してもよさそうなものですが、実はレース中に魚などがぶつかった際には選手が気絶してしまうことがあるほどの衝撃になるため、実は笑い話では済まされないような危険な状況でした。

西山選手もこの衝撃によって脳震盪を起こしてしまいます。
そのまま落水してしまうと大事故にもなりかねないような状況でしたが、なんとかこらえてゴールしました。
しかしその後はレースに出られるような状況ではなく、西山選手は無念の途中帰郷となってしまったのです。

本来ならばボラに対して恨み節のひとつでも言いたいところでしょう。
ところが西山選手、この事件から復帰して以降のレースでは度々「ボラ」の被り物を身につけ、インタビューに答えるようになり、ファンの間では「西山貴浩といえばボラ」というイメージがすっかり定着してしまいました。

アクシデントも笑いに変えて自分の知名度を高めるその姿勢、見習いたいものです。

西山貴浩選手は競艇史上最高のエンターテイナー

西山貴浩選手(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=goDAs5x67bg&t=615s)

ボラ事件の顛末を見てもわかるように、西山選手はプロ競艇選手であると同時に、生粋のエンターテイナーです。
恐らく競艇の歴史においても史上最高のエンターテイナーといっても過言ではないでしょう。

スタート技術に優れた選手、ターン技術に優れた選手というのはいつの時代もコンスタントに登場しますが、西山選手に匹敵するようなエンターテイメント力を持った競艇選手は、今後もそう簡単に登場しないのではないでしょうか。
全部を紹介するとキリがないのでごく一部ですが、西山選手の魅力が分かる動画を紹介します。

芸人も顔負けの圧倒的なトーク力

同期の選手をいじったり、お客さんをいじったりと巧みな話術を披露しています。
このインタビューだけを見ると芸人さんと勘違いする人も出てくるのではと思ってしまうほどです。

ピット離れでのパフォーマンス

ピット離れでの名パフォーマンスです。
ただの一般戦ではなく、G1レースでこれをやってしまうのが凄いですし、こういったおふざけを許してくれている江戸川競艇場の施行者の心の広さも感じられる動画といえるでしょう。

2018年ボートレースオールスター選手紹介

ファンの人気投票で出場が決まるボートレースオールスターでのパフォーマンスです。
ふんどし一丁姿で選手紹介式に登場したのは後にも先にも西山選手ただ一人になるのではないでしょうか。

西山選手はファンを楽しませるコメントを残すのはもちろんですが、それだけではなくしっかりとファンに対して感謝の気持ちを伝えるようなコメントをするところもまた、多くのファンを虜にしている理由のひとつです。

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パフォーマンスだけではなく実力も一流

パフォーマンスだけではなく実力も一流

しかし、スポーツの世界においてパフォーマンスだけではここまでの人気を獲得することはできません。
特に競艇は実力主義の世界であり、勝てない選手はあっという間に埋もれていき、新たに台頭した選手にその人気を奪われていきます。

西山選手がこれだけの人気を獲得しているのは、パフォーマンスだけではなく実力も一流だからです。
現役選手の20パーセントしか在籍できないA1選手であることが何よりの証拠ですし、そのA1の地位を2011年以降10年以上ほぼ維持し続けているほど強い選手なので、客を笑わせるだけではなく、しっかりと舟券にも貢献しています。

競艇選手になるまでの経緯

納富英昭選手(引用元:facebook(画像は納富英昭選手))

西山選手は福岡県北九州市で生まれ育ちました。
西山選手のお父さんは大の競艇好きだそうで、西山選手を連れて若松競艇場や福岡競艇場に行っていました。

その父親と、小さい頃にいろいろとお世話になっていた親戚からの進言が、競艇選手を目指すきっかけになったと西山選手本人は語っています。
そして、「艇王」と呼ばれていた植木道彦選手の走りを実際に競艇場で見て、競艇選手になろうと決心したそうです。

実は競艇養成学校への入所試験は内緒で受けていたとのことですが、なかなか合格できず、苦しんでいる西山選手の姿を見て、お父さんは西山選手が本当に競艇選手を目指そうとしていることを察したとのことです。
その後はお父さんの応援もあり、西山選手は4回目のチャレンジでついに合格、やまと養成学校へ入学することになりました。

西山選手のお父さんは「納富英昭」選手のことが大好きで、舟券でだいぶ儲けさせてもらったおかげで西山選手のおさん費用ができた!と語っていたそうです。
流石にそこまで稼ぐというのはなかなか難しいので、おそらく冗談だと思いますが、とにもかくにもイチオシ選手であったことは間違いないでしょう。

西山選手は2004年にやまと養成学校に入学しますが、その時の教官がなんとお父さんのイチオシ選手である「納富英昭」だったのです。
実は西山選手は学生当時、今の成績からは信じられないほど成績が悪く、対処寸前まで追い込まれた時期もあるほどでした。
しかし納富教官の励ましによって立ち直り、今は現役の競艇選手として活躍できています。

デビュー直後の西山選手を支えた2人の師匠

デビュー直後の西山選手を支えた2人の師匠

西山選手は2005年11月、地元である若松競艇場でデビュー戦を経験しています。
デビュー節の成績は失格1回、3着4回、2着1回でした。
これはデビュー仕立ての新人としては考えられないほどの好成績です。

実は競艇には正式なルールとして定められているわけではありませんが、デビューしてすぐの選手はどの艇であっても6コースから進入しなければならないという暗黙のルールがあります。
この説明だけを見ると、競艇という競技は先輩後輩の上下関係を勝負の場所にも持ち込むスポーツなのかと思ってしまいますが、実はそうではありません。

競艇はインコースが圧倒的に有利なスポーツで、選手は皆インコースからスタートしたいと殺到します。
そんな中に新人選手が混ざると、思わぬ操作ミスなどで場合によっては大惨事にもなりかねないことから、そういった事故を防止する目的で新人選手は必ず6コースから進入しなければならないという決まりになっているのです。

しかしインコースが有利であるということは、大外の6コースは大きく不利を強いられるというのは素人でもわかるでしょう。
そんな状況で2着1回、3着4回に入るわけですから、西山選手のデビュー戦の成績は新人離れしたものでした。
その1か月後には初勝利を飾るなど、1年目としてはこれ以上ない滑り出しでしたが、翌年大きな試練に見舞われることになります。

川上剛

川上剛(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=F1_fA10rPGQ)

競艇という競技に限らず、スピード競技ではいかにスタートを上手く切るかがとても重要なのですが、デビュー当時の西山選手にはこのスタートに大きなムラがあるという欠点がありました。

それでもフライングだけはしないようにと心掛けていたのですが、デビューから5節目で初のフライング、更に地元若松競艇場でも強い向かい風という悪条件からスタートが上手く合わず、2回目のフライングを喫し、B2級残留が決定した上に60日間レースに出られなくなってしまったのです。

そんなデビュー当時の西山選手の面倒をよく見ていたのが、同じ福岡支部の先輩である川上剛選手です。
西山選手には技術面などさまざまなアドバイスをするだけではなく、川上選手が遠征で地元を離れる際には、当時の西山選手が食べるものに困らないよう10万円を置いて行っていたそうです。

技術面だけではなく、生活面でも支えてくれた川上選手は今の西山選手を語るうえで欠かすことのできない存在といえるでしょう。

原田富士男

原田富士男(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=X5i1PkRGuSU)

フライング休み中レースに出れない西山選手に対して、主に技術面でサポートしていたのがもう一人の師匠である「原田富士男」選手です。
原田選手は、スタートが苦手な西山選手が落ち着いてレースができるようにと、徹底的にターン技術を教え込みました。

たとえスタートが上手く切れなかったとしても、他の選手より卓越したターン技術があれば出遅れを挽回できます。
この特訓のお陰で西山選手はスタートに失敗してもターンで相手を抜き去ることができるようになり、トップレーサーへの階段を一歩ずつ昇ることができるようになりました。

念願の初優勝は2008年

念願の初優勝は2008年

ふたりの師匠のサポートの甲斐もあって、以前とは比べものにならないほど安定した成績を上げることができるようになった西山選手ですが、優勝にはあと一歩届かない、という日々が続いていました。

そんななかで迎えた2008年9月、地元若松競艇場でのレースで西山選手は予選4勝と絶好調で、準優勝戦も1コースからコンマ6秒の見事なスタートを切って1着でゴール、自身初の1号艇でのスタートで優勝決定戦を迎えることとなります。

西山選手はこの千載一遇のチャンスをものにしたかったのですが、ここでまたも試練が襲い掛かります。
6号艇の選手が前付けをしたことによって西山選手は深い位置からのスタートとなり、コンマ9秒のスタートを切りましたが、直線で伸びきらず、バックストレッチでは接戦となります。

しかしここで原田師匠直伝のターンで他の艇を抑え込むことに成功、その後は後続を寄せ付けず見事地元若松競艇場で初優勝を手にしました。

2018年モーターボート大賞は西山選手の1人舞台

その後2011年にはA1選手に昇格、名実ともにトップ選手の仲間入りを果たし、G1レースやSGレースでも西山選手の名前を見かける機会が多くなっていきます。
西山選手はそのパフォーマンスで毎回大きな話題を残していますが、特に2018年のG2レース、「モーターボート大賞」は「西山貴浩劇場」といっても過言ではないほどの活躍ぶりでした。

西山選手は開会式から同じ福岡支部の後輩である小野生奈選手を巻き込み、常滑競艇場のイメージキャラクターである「トコタンレディー」のコスプレで登場、夫婦漫才のような掛け合いで会場を爆笑の渦に巻き込みます。
二人が一生懸命練習している姿を想像すると微笑ましいですし、レース以外でも盛り上げようとする西山選手のサービス精神にはただただ頭が下がるばかりです。

更にレースでも予選は1着と2着それぞれ2回という優秀な成績で突破、準優勝戦でもしっかりとイン逃げを決め、優勝決定戦に進出します。
優勝戦では一時4番手まで落ちるなど苦しい場面もありましたが、得意のターンで見事逆転、このレースを制しました。

このレースが自身初のG2制覇となりましたが、レース後はすぐにトコタンレディー姿となり、記念すべき水神祭もインタビューも表彰式もすべてこの衣装で臨むという徹底ぶり。
見ていたファンも西山選手の事しか記憶に残っていないのでは、と思わせるほどの大活躍でした。

2020年更なる飛躍

2020年更なる飛躍

毎年着実に好成績を上げていた西山選手ですが、2020年は自身最高の成績といっても過言ではない年となりました。
2020年は1月に鳴門競艇場で行われたレースで準パーフェクト優勝を決める順調な滑りだしで、その調子を維持し続けたまますべてのSGレースに出場します。

7月には大村競艇場で自身初のパーフェクト優勝を達成し、徳山競艇場では初めてG1レースで優勝するなど、まだに絶好調とも言える活躍ぶりで賞金も過去最高額に達した結果、ついに年末のグランプリに出場する権利を手にしました。

初のグランプリでは1戦目3着、2戦目1着と良い流れで2NDステージに進出しますが、1レース目では何もさせてもらえず最下位になり、次のレースで負けると西山選手の敗退が決まるという崖っぷちの状況でした。

2走目と3走目はくじ引きになるのですが、前走6位だったので2走目のくじ引きは一番最後という絶体絶命の状況に追い込まれます。
ところがなんと前の5選手が誰も1号艇を引くことが出来ず、結果西山選手が1号艇に。

この強運を見事に生かしてイン逃げに成功、次のレースに望みをつなぐことができました。
3走目は1着だったのでくじ引きは一番最初になったのですが、ここで西山選手はまたも1号艇を引き当ててしまいます。

そのあまりの強運ぶりに「絶対王者」である松井繁選手が「俺は23回出て1号艇を1回しか引いてないのに、お前は初出場でもう2回も引いたんか」と思わず愚痴ってしまう場面もありました。

2回目の強運もしっかりと生かして1着でゴールし、西山選手は初出場にして見事優勝決定戦にまで進出します。
ファイナルでは現役トップレーサーである峰竜太選手の圧巻の走りに屈してしまいましたが、それでも大躍進といえる2020年だったといえるでしょう。

嫁や家などプライベートを調査

嫁や家などプライベートを調査

西山選手のプライベートについても調査してみました。
まず自宅についてですが、西山選手の自宅に関しての情報を入手することは出来ませんでした。

競艇選手の自宅といえば峰竜太選手の2億円豪邸がもっとも有名で、建築途中の状況や内部などを一部公開していましたが、一般人ではとても手にするようなことができない豪華さだったことが話題となっています。

西山選手も峰選手ほどではありませんがトップクラスの選手であり、一般人とは比べ物にならないほどの賞金を稼いでいるので、それなりに立派な自宅を所有していることでしょう。

しかし、インタビューでは「150mで子供の顔、100mで家のローン、50mで嫁の顔が浮かぶ」と語っていて、家のローンを気にしつつ生活をしているという点では私たちと変わりないようです。

そして、50mで顔が浮かぶ嫁さんについてですが、名前は「千晴さん」であることは判明していますが、それ以外の事については一般の方なので一切判明していません。
西山選手はエンターテイナーではありますが、全てをさらけ出すのではなく、必要ない部分はしっかりとシークレットにしている部分もとても好感が持てます。

インタビューなどでは「レースに対するメンタルは強くなったが、嫁に対してのメンタルは全然強くなりませんね」など恐妻家であるような発言をしていますが、実際はとても仲が良い夫婦なのでしょう。
でなければ、こういったコメントは出来ません。

そして、西山選手の嫁さんなので、きっとお笑いセンスに溢れた頭の切れる方なのだと思います。
お子さんも男の子女の子が一人ずつ居ますが、お子さんに関しても西山選手の口から多くを語ることはありません。
ですが、西山選手の性格からして子供が大好きなのは間違いないでしょうから、お子さんたちとまるで小学生同士のような会話を延々と繰り広げているのではないでしょうか。

まとめ

西山貴浩選手は福岡支部に所属しており、級別はトップクラスであるA1級です。
レーサーとしても一流であることは間違いありませんが、それ以上に超一流のエンターテーナーとして有名で、競艇ファンで西山貴浩の名前を知らないという人はいないでしょう。

毎回選手紹介式などでは工夫を凝らしたスタイルで登場し、会場を大いに沸かせてくれます。
しかし、なんでもかんでも大ぴらにさらけ出すわけではなく、家族などプライベートの部分はしっかりと隠しているなど、TPOをわきまえたパフォーマンスができている選手です。

今やSGレースでも常連となっている西山選手がSGレースを制する日もそう遠くはないと思われます。
SGレースで優勝した時にはどのようなパフォーマンスを見せてくれるか楽しみで仕方ありません。

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